◇◆ Formula 1 Test at Silverstone Circuit ◇◆◇ 19/Apr./2001


 パドックスイート_

前回(2000年秋)のテスト見学は個人的な招待だったため、まっすぐパドックに向かい、更にはピットエリアも自由自在だったのだが、今回はパスを購入してきているから、寛げる場所を確保できるかわりに、行動可能範囲は限られる。せっかくなので、まずは割当てられているパドックスイートを訪ねた。

パドックスイートは、道なりに向かってコントロールタワーを挟んでパドックの左隣、サーキット側から見ればちょうど最終コーナー・ウッドコートの目の前にある。裏側(パドック側)から見ると、2階建ての建築小屋のような細長い建物に愛想のないドアが並んでいるだけだが、中は8畳ほどの広さで、ソファ・テーブル・椅子が置かれ、カウンター付の簡易キッチンにはポットやティーセットなども揃っている。もちろんTVもあって、のんびりお茶を飲みながらサーキット各所の様子を楽しめる。1階の部屋はドアを入って正面が前面ガラス張りで、外のテラス(部屋によって大小あり)に出られる。

ファンクラブの主催者はSuzyさんという気のいいおばさんで、私が名乗ると、やっぱり、とにっこり笑った。日本人だということはメールで話していたから、一目で判ったという。紅茶とクッキー――英国で何かの集まりといえば付きもの――で一息いれながら、見所などアドバイスをもらう。
彼女に勧められて、ティーカップとソーサーを片手にテラスに出てみた。
このテラスからは、ピットレーンがすぐ目の前だ。柵があって、背の低いフェンスがあって、その向こうはもうピットロードである。距離にして1メートルのあたりを、低速に落としたマシンが通りすぎていく。右手にはプラットフォームの様子が遠望できる。
柵から身を乗りだしたり手足を出すのは厳禁。オフィシャルに見つかると、その時点で同室の全員が連帯責任を取られてパドックチケット没収だそうだ。
テラスは部屋ごとに柵で区切られ、それぞれテーブルと椅子が置かれている。もっともテスト時はすべての部屋が埋まるわけではないのもあって、他の客の迷惑にならないかぎりは左右どこでも陣取り放題だった。

ファンクラブのメンバーは、十代の女の子連れから年老いた夫婦まで、様々だ。パドックチケットは3日目のみだったので私はその日だけ参加したのだが、テスト見学常連組はチケットがあろうとなかろうと見にくる根性入りが多い。…というのも彼等の多くが、サーキットの近所に住んでいるため。しかし一方でホテルを取って3、4時間のドライブの末やってくる情熱家も少なくない。

ちょうど私がテラスに出たとき、サーキットにサイレンが鳴り響いた。赤旗中断の合図だ。目の前を続々とマシンが通過し、ガレージへ帰っていく。いったい誰が止まったのだろう?
「どうせまたモントヤだろう」と、ベンチで寛いでいた中年男性が笑った。
「また…って、そんなにしょっちゅう(セッションを)止めてるの?」
ちょっと驚いて訊ねれば、呆れたような苦笑とともに頷いた。
「ああ、あいつコースオフするしか能がないみたいでさ」
その場にいた幾人か――おそらくは常連組が、くすくすと忍び笑いをする。そしてそれはまもなく、爆笑となった。変わり果てた姿でカーナンバー6のウィリアムズが運ばれてきたからだった。
当時、JPMはCARTチャンピオンとして鳴り物入りでウィリアムズに加入したばかりで、代わりに『英国期待の星』、ジェンソン・バトンがトップチームから追い出されたことに、地元のファンたちはかなりシニカルな態度をみせていたのだった。

パドックスイートはこの日、私の基地となった。大きな荷物は置いたまま、小ぶりのトートに最低限必要(と思われるもの)を放りこんで気侭にサーキットをうろつき、疲れたり喉が渇いたりお腹が空いたりすれば、またふらふらとスイートに戻る。
F3でサーキット巡りには慣れていたが、拠点があるという事実がこれほど足どりを軽くするものだとは思わなかった。


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