◆◇ Visit to Michael Schumacher Kart-Center ◇◆


● 誤解

解説の意味などはまったく判らないながら、放映中は一心不乱にメモを取っていた。すでに長年の癖になっているので、そうしていないと落ち着かないというのも理由。しかしそれは、周囲の人々の目には奇異に映ったらしい。
はじめて見る中継だけに、書きとめたいことが多く、レース終了後も頭の中で反芻しながら暫くノートと格闘していた。ややして、こんなもんか、とペンを放り出した途端、肩を叩かれた。
背後から、数人の男性が――おじさんと言ったほうがいいか――私の手元を覗きこんでいた。
「何を書いてるんだ」
英語が判るらしいひとりが訊いてくる。どうせ彼らに読めるわけはないのだが、頓珍漢なことを書いてやしないかと焦りつつ(普段はブランドルの解説やアレン、ルイーズ女史のレポートをがーっと書き留めるのだが、このときはすっかり自分の感想だけだった)、レースの内容をメモっていたと答える。
「どっから来たんだ?」
「日本」
「そうか、日本からわざわざ取材にきたのか。」
…えっ!? 慌てるこちらに構わず、彼は隣の連れに説明をはじめる。ちょ、ちょっと待った!
「いや取材じゃなくて。ただのファンなんだけど」
「隠さなくてもいい、ジャーナリストだろ?日本のメディアはたまにくるんだ、ほらそこに記事の切抜きがある」
焦って否定する私に、彼はすぐ上の壁を指した。そこにGPXの記事が飾ってあるのには、入ってすぐに気がついていた。しかし、とんだ誤解だ。
「いやあの、本っ当にただのファンなんだけど。ここにはミヒャエルが大好きだから来ただけで。」
「ただのファンがレース見ながらメモなんか取るもんか!」
「正真正銘ただのファンだけど、メモ取りながら見るのが好きなの!」
焦っているからだんだん早口になってしまって、向こうも聞き取れなかったのだろう、押し問答の挙句、ようやく「記者じゃない」ことを受け入れてもらえた。やれやれ、と見やれば、彼は随分とがっかりした顔をしている。曰く、
「記者だったら、取材してもらおうと思ったのに…。」
…どうやら彼はここの常連で、外国メディアのインタビューを受けてみたかったらしい。それにしても、吃驚した。


● 外

放映が終わり、しばらくスポーツバー内の写真を堪能したあと、外へ出てみた。屋内カート場の奥に戸外のカートコースがあるのは見えていたから、ひとつ覗いてみようと思ったのだ。
そちらへ回るには、一旦正面入口から出て、ぐるりと建物を裏へ回りこまなければならない。よく晴れた戸外は眩しくて、やや目を眇めながら建物を左へ回りこんだところで、一瞬硬直した。
そこにはちょっとした柵囲いがしてあって、中に動物がいた。それはいいが、その動物が、なんとも統一性がない。犬に鶏に、ロバ。…カートセンターに何故ロバ。これを「シューマッハー兄弟」縁の地に相応しいと言ってしまっていいのかどうか。

カートコースは、舗装もレイアウトもとても綺麗に整備してあって、何台かが走っていた。グランプリの日曜午後ということで、本格的なレースや練習ではないのだろうが、圧倒的に子供が多く、手前の柵のところから家族がそれを眺めている。ただ眺めているというよりは、声をかけたり手を振ったりして、見守っている。
将来、この中から、トップレーサーになる者がでてくるのかもしれない。そんなことを考えながら、黙ってしばらく様子を見ていた。
直前のニュル(ヨーロッパGP)のITV放映プログラムのなかに、世界最速の兄弟特集と称し、かれら2人の子供の頃の映像があった。正確には、弟のカートの面倒を兄がみてやる場面だった。自分が精魂こめて整備したマシンに乗る弟を、兄はコースサイドからじっと見つめていた。と思えば、口元に手をやって、何か叫んだりもしていた。
草とアスファルトだけの粗末なカート場の風景が、目の前の綺麗なコースと重なった。このコースを作り、護ろうとするミヒャエルの思い入れが、伝わってくるような気がした。


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