この日、私はいろいろな人と言葉を交わした。そのほとんどは一期一会で、その場かぎりの縁だった。けれど、中にはいまだに続いている関係もある。
パドックで英国人の女の子2人連れに声をかけられたのは、昼頃だったろうか。偶然だったのだが、彼女達も同じファンクラブのパドックパスで来ている常連だった。情報交換をしてその場は別れたのだが、夕刻のサーキットで、また会った。
折しもテストが終了し、諦めの悪いファンたちが最後のチャンスとばかりに、帰るドライバーを掴まえようと待機している時分だった。それまでにもぽつぽつと雨粒は落ちはじめていたのだが、急に雨脚が強まり、傘を出す人、ウィンドブレーカーのフードを被る人、屋根を求めて走り去る人など、静かになりはじめたパドックが再び慌しくなった。私も折畳みをバッグから引っ張り出したのだが、ふと向かいを見ると、例の二人連れの女の子が、雨を遮るものもないまま突っ立っている。片方と目が合ったので、おいでおいでと呼んだ。
軽量折畳み傘は3人を覆うにはちいさすぎたが、代わりに、寄せ集まっているので寒さは和らぐ。
「助かったわー。私はもう帰ろうって言ってるのに、この子が往生際悪くって」
「へぇ、誰を待ってるの?もうほとんど皆帰っちゃったでしょ」
「ジャック!彼はまだ帰ってないのよ、車も確認したし、まだ中にいるの。絶対、写真だけでも撮らなきゃ!」
「この子ねぇ、ジャックのすごいファンなのよ。なのにこれまで一度も掴まえられたことないの」
「私の所為じゃないわよ!だってジャックってば逃げ足速いんだもの…」
「あ、なんか判る、その感じ」
「他はねー、今回ほぼ目当ては制覇したのよ。だから余計諦められなくってね」
「そうそう、ラルフ!珍しく今日はご機嫌だったわ。見た?」
「うん、パドック入ってすぐにね。日本にいたときのこと口にしたら、かっちーん!と固まっちゃって面白かった」
「あはははは、彼、可愛いよねぇ」
「兄さんは苦手なんだけど、彼は可愛いわ」
「あ、ごめん私、その兄さんがいちばん好きなんだ」
「そうなの?私は何と言ってもハインツだわ!」
「ああ、去年ドニントンのイベント(EJ10)でサイン貰ったけど、サービスよかったよ」
「そーなのよー。もうすっごくいいひとなのよー」
「ねぇ、あなたは誰待ってるの?」
「私?ホンダのスタッフを待ってたの。一緒に食事しようって話だったんだけど、向こうがテスト延長でボツ。でもなんか帰る気にならなくて。帰りのコーチはもう逃しちゃったしね、ノーザンプトンから列車だわ」
「じゃ、あとで途中まで送ってあげる。私たち車だから。傘のお礼ってことで」
「ほんと?やった、助かるわ」
「あっジャックだ!」
「ちょっとカレン!……行っちゃった。もう、毎回アレよ。やってらんないわ」
「(笑)」
結局、カレンはジャックを掴まえることはできず、しょんぼりと帰ってきた。私はもうひとりの子、ゲイルとそれをずっと待っていたのだが、その間になんと雨は雪へと変わり、駐車場に辿りついたころには、3人ともすっかりずぶ濡れだった。
彼女たちと喋ったのはそのくらいなのだが、奇妙に気が合って、いまだにメールのやりとりを続けている。あのとき、もし雨が酷くならなかったら、或いはホンダの予定が狂って夕食がキャンセルにならなかったら、私たちは再会していなかったかもしれないと考えると、縁の不思議さを思わずにはいられない。
サーキットの単独行は寂しいこともたくさんある。それでも、こんな素敵な出会いも時に転がっている。
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