● チケットの種類。
日曜指定席券。下の方にちゃんと名前が入っているのです。
チケットは自由席でも指定席でも各日一枚ずつ必要で、指定席の場合はブースと座席番号が記されている。
金曜日は全席自由で35ポンド、土曜日は各指定席が85ポンド、自由席(入場券)が60ポンド。日曜日はこれがぐんと跳ね上がって指定190ポンド、入場券95ポンドとなる。指定席はすべてグランドスタンドと呼称され、料金は一定だ。入場券のみ3日通し券があって、190ポンドとなっている。(料金は2003年実績)
チケットの値段設定は毎年更新されるが、ヨーロッパの他のGPと比べて高額で、毎年論議が絶えない。利口なファンはITVで見る、といわれるほどだ。
ただ、チケットの種類――というか選択肢――は豊富。F1が文化として社会に根付いていることを実感させられる。お金のないひとは日曜日の決勝だけを土手で見る。お金のあるひとはパドック・パックを選んで優雅な週末を。権利は誰にでもある。好きなら幾らでも出せばいい。望めば、どんな贅沢も思いのまま。ここでは、F1は、手の届かない世界では決してない。私が実際に見たのは、3日間400ポンドでパドックスイート+パドックウォーク、というものだった。出せない額ではないのでちょっと惹かれたが、天秤にかけてやめた。何が見たいのか、判断基準はそこにある。
文化といえば、子供料金が大人のほぼ半額、というのもこの国らしい。3日通し入場券に至っては、たったの40ポンド、大人料金の5分の1近い。ちなみに「子供」にあたるのは2歳から15歳までで、大人が同伴していることが条件。

文化の違いは、チケットの体裁にもあらわれている。危険と自衛をうながす文句は、チケットの裏にも封筒にも明細にもしっかり記入されて自己主張している。チケットには一枚一枚、シリアルナンバーと肩書き付の個人名と、防犯用の透かしが入っている。問い合わせにはこのシリアルナンバーとフルネームと連絡先と明細の受付番号と、がいちいち必要。
盗難などの軽犯罪は、この国では日常茶飯事なのだ。

チケットの種類という点でおもしろいのが、センターアクセス券という代物。シルバーストーンは地図で一目瞭然なとおり、大きな四角いドーナツ型をしているから、コースの内側に広いスペースがある。土曜センターアクセス券。トラブルによる再発行のものなので、半券(右のバーコード部分)がついたままです。パドックエリアとヘリポートを除いて一般に開放されている、が、専用チケットがないと入れない。防犯上の理由か、単なる商売なのかは不明。
中央スペースに入る道は4箇所で、パドックに直接つながるブリッジ(ピットストレートの上、パドックパス保持者のみ通行可)、コプスのトンネル、アビー横のブリッジ、ハンガーストレートのブリッジ。別に中になにがあるというわけでもなく、いくつかのスタンドとパドックとヘリポート以外は草原と滑走路だけだ。それでも、中と外とではなんとなく雰囲気が違う。中に入ると、まるでサーキットではないただの野営地にでも来たかのような錯覚をおぼえる。もしかしたらこの感覚こそがチケットの価値なのかもしれない。
(中央スペースにあるスタンドのチケットにはセンターアクセス権が含まれています)



● ご用心。

駐車場の出口に、どこでもおなじみダフ屋がいた。ちょっと笑って躱して、徒歩5分。ゲートでジーンズの後ろポケットに入れたチケットを見せようとしたら、なかった。土曜日の朝の出来事。
車を降りたところでチケットをふたりで分けて、その場でポケットの奥に閉まった。ここに貴重品を入れるのは英国滞在時からの私の癖で、落としにくいのと意外と感覚が敏感で気を配りやすいのとで、レースのチケットはいつもそうして身につけていた。他人には決して勧めない保管法だけれど、少なくとも私に限っては、よほどの人ごみでもなければいちばん安全な場所のはずだった。
車のところまで戻って探したけれど、見つからなかった。風が強い日だったから、仮に落としていればどこかへ飛んでいってしまったかもしれない。それでも同じ道を辿る人々はちらほらいたし、前の人のチケットが零れ落ちたのを見たら普通は声をかける。そういう国だ。
一瞬の隙。たぶん、それで充分だったのだろう。
背後の気配には気をつけていたから、駐車場の出口でたむろっていた男たちをすり抜けたときくらいしか思いつかない。それでも、問い詰めるわけにもいくまい。やられた。
ゲートまで戻ってオフィシャルに相談した。ネットで購入したというと、メインゲートの中央管理事務所へ行けという。手っ取り早いのは新しく買いなおすことだが、事務所へ行けば必ず対応してもらえるからと。
買いなおすこともできたけれど、それだと連れと席が離れる。席だけならともかく、下手すればスタンドごと離れる。仕方なく午前中のセッションを諦め、連れには先に入ってもらって、メインゲートの事務所へ向かった。
購入したチケットの明細や送り状を持っていたのが幸いした。チケットは連れとの連番だからと、連れの持っていた残ったチケットのナンバーを控えておいたのもよかった。なにより、どこでどういうふうになくなったのか、自分の落ち度も含め状況を細かく説明できたのが、効いた。表門の駐車場につくられた警察の臨時出張所で犯罪被害届を書き、身分証明書を提出し、持っていた明細とクレジットカードの詳細とチケットの番号と購入時に登録した個人情報とを照会して、おしまい。リストバンドとレターヘッドのサイン入り特別許可証を発行してもらって、中に入ることができた。
帰国してから、チケットの案内書を確認した。紛失した場合はどんな理由にせよ自己責任。しっかり書いてあった。書いてあったけれど、出会ったオフィシャルたちは皆やさしかった。外国人だから、というわけでもなかっただろう。この国のひとはそういう手加減はあまりしない。ただ、F1が好きで見にきた人だから、週末を楽しみたくて来た人だから、自分たちにできる限りの便宜を図って楽しんでもらおうと、それだけだったような気がする。
ホスト精神は、私がこの国を大好きな理由のひとつだ。


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