● パノラマ。
飛行場跡地につくられたシルバーストーンは、全体にだだっ広くて真っ平らなので、スタンドの上段に立てば、ぐるりと四方が見渡せる。尋常でないこの視界の広さは、ちょっと想像では追いつかないほど気持ちがいい。
たとえば、アビーコーナーからは、マゴッツの入りからハンガーストレートを下ってストウを回り、それからクラブを立ち上がって目の前を通りすぎ、ブリッジをくぐって右へ曲がっていくところまで、実にコースの6割以上を見晴るかすことができる。(写真1:
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ベケッツ内側スタンドの最上段からは、この逆の光景が拝める。つまり、コプスからアビーまでのパノラマ、だ。(写真2)
サーキットのインフィールド(コース内側)には滑走路が残っていて、十文字に草原を突っ切っている。クラブコーナーに立つと、ちょうどコースの反対側、ベケッツやコプス方面が彼方にかすんで見える。
ピットストレートスタンドやコプスからは、残念ながらそれほどの景観は望めない。ピットやコントロールタワー、パドックスイート、BRDCスタンドなどが邪魔をするからだ。
それでも、ウッドコートを立ち上がったマシンがフルスロットルでコプスへと消えていく様や、コプスでのフルブレーキングの光景は迫力満点で、観戦ポイントとしてこれっぽっちも見劣りするものではない。
気持ちがいいのは視界だけではない。間に遮るものが何もないため、マシンがサーキットのどこを走っているのか、エギゾーストノートの響きで判るのだ。目を閉じて、遠くコースの反対側を疾走するマシンの音に聞き惚れるのもまた、一興。
● コース案内: そのいち。
+コプス+ <写真>
駐車場から近かったこともあり、金曜の朝いちばんにコプス・コーナー外側へ行った。折りしも朝のテスト走行中。6速でクリアしていくマシンの真っ赤に焼けたブレーキを、真横からひとしきり観察する。
コプスには高いスタンド席(屋根つき)のほか、コンクリート打ちの立ち見自由席がある。この自由席は障害者エリアで、車椅子の方の優先席。金網のすぐ外がもうコースなので、マシンはかなりの近さを駆け抜けていく。絶景かな。
ここにはトンネルがあってコースの内側エリアに入ることもできる(土日は専用チケットが必要)ので、気が向いたら反対側から見比べてみるのもいいだろう。
しかし、ほぼ全開で突っこむにも関わらずランオフエリアがない場所ゆえに、昔から各種レースで事故も多かった。とあって、このへんではいろいろな噂話(出たとか見たとか…)があります(苦笑)。苦手な人は気をつけて…?
+ピットストレート+ <写真1><写真2>
次に訪れたのは、ピットストレート・スタンド。コプスとの境にパドック直通のブリッジがあって、そこからはるか最終コーナーまで続く、長い長いスタンドだ。鈴鹿で言うグラスタだが、ここでグランドスタンドというとすべてのスタンドを指してしまう。
シルバーストーンのピットストレートは距離にして700メートルほどだが、ピットエリアそのものは出口の方に偏っているから、このスタンドを取ったところで必ずしもピットが覗けるわけではない。事実、日曜日のチケットはグリッドを意識してここを選んだのだが、私たちの座席は最終コーナー近くで、目論見は見事に外れた。目の前にあったのはパドックスイートとピットレーン。もっとも、ピットインしてくるマシンはいちいち速度を落としてくれるし、最終コーナーを立ち上がっていくマシンに声援を送るのは思ったより楽しかったが。
ピットとスタンドの距離は、鈴鹿に比べて遠い。変わった点としてはピット棟の上部がガラス張りのブロック(VIPルーム+プレスセンター)になっていて、この大きな窓ガラスが鏡の役割を果たしていること。逆さになったマシンがピットインしてくる様やピットストップの様子など、構図としてはなかなかおもしろいのでは。
+アビー+ <写真>
メインゲートから2番目に近いこのスタンドは、パドックへ向かう道すがらだったため、2001年によく寄った。勝手知ったるということもあり、マシンの挙動を見るならここで、と考えていたので、一日目の予選観戦場所に選ぶ。(金曜日は全席自由)
前述のように、ここからの眺めは非常にいい。眼下に見下ろすクランク状のコーナーは、抜け方でマシンのセッティングの具合やドライバーの好みがなんとなく判る。クラブを立ち上がったマシンの速度はコーナー手前で280キロ超。2速/120キロまで落としてクリアしていくのだが、「決まって」いるマシンはスピードに乗ったまま抜けていかれる。正確にはひとつめのコーナーがアビーで、ふたつめをファームという名前だが、ほとんどひとつの複合コーナーだ。ステアリング捌きを覗いたりアクセルワークを聞いたり、楽しみは尽きない。
テスト時と違って大型スクリーンが目の前にあり、待ち時間にも飽きることはなかった。
+クラブ+ <写真>
金曜日の予選の後、F3000とポルシェの走行を横目に、クラブ、ストウと延々歩いた。
アビーからクラブまではコース脇が土手になっていて、上を歩けばずっとコースを見下ろしながら移動できる。ここも自由席で、シートをひいたりひかなかったりで座りこんでいる観客がいたが、予選後半から霧雨が落ちてきていたので、その数はだいぶ減っていた。
クラブは、コーナーとしては記憶にあまり残らない場所だ。寒かったのでろくに立ち止まらなかったというのも、印象が薄い理由のひとつ(私たちの目的はあくまでストウだった)。降りしきる雨のなかポルシェが何台も右往左往していたが、晴れていたらどんなだったのだろう。とにかく瞼に強烈に焼きついたのは、まっすぐに伸びた滑走路の果てしなさ。
+ストウ+ <写真>
ヴェイルのVIPスイート・ビルの裏を抜けると、ストウ・コーナーが視界に飛びこんでくる。ストウだ、と思った途端、足が竦んだ。
雨にけぶるコーナーにあの日の面影はない。それでも、私の目は、土煙をあげて一直線にタイヤバリアに突き刺さる赤い軌道をたしかに見た。見た、と思った。視線がある一点からどうしても離れない。そういえば4年前のあの日、ブラウン管の中のその場所を見る私の頭の中は、妙に冷静だった。絶望してしまっていたから。そんなことまで思い出された。
しばらく身動ぎできなかった私を、連れは辛抱強く待ってくれた。大きく息を吐いて、ようやく残像を脳裏から振り払う。近づいて、スタンドによじ登った。おそらくミヒャエルが辿ったであろう道筋をじっと追う。長いハンガーストレートの先は、まるで雨に溶けこんでいるようだった。ヘッドライトを光らせたポルシェが次々とやってきてはカーブを曲がっていった。
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