土曜日 10/12


行き当たりばったりの幸運 

予選後の予定は、まったくの白紙だった。逆バンクからメインゲートまで戻るのにどのくらい時間がかかるか読めなかったので、イベント類を最初から捨ててかかっていた。まっすぐ相方の待つS2へ戻って、のんびりしようと思っていたのだが、予想に反して、帰路はとてもスムーズだった。
拍子抜けしつつふと横手を見れば、ブリヂストンのブースでザウバーのふたりがちょうどインタビューの真っ最中。むむ、と思ったのはそのときである。BSブースにて

事前に何の情報収集もしていなかった私だが、唯一BMWブースでラルフのトークショーがあるらしいことだけは知っていた。前日の夕刻にフェラーリピット前でお喋りしていたとき仕入れたものだ。そのときは、ふぅんと思っただけだったが、ザウバーのインタビューを見た途端、それを思いだした。そしてなぜかは知らないが、行かなきゃ、と義務感のようなもの(苦笑)にかられたのだ。
「…もしもし私、今グラスタ裏なんだけどさ、やっぱこれからBMW行くわ」
一方的なこの電話から、私の友達甲斐のなさぶりは悪化の一途を辿ってゆく。このとき相方は日射の所為で若干体調を崩していたのだが、「いーよどっかで適当に休んでてよ」という連れの冷たいひとことに、ブーランジュリーの中で待ちぼうけを食わされる羽目になったのだった。

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邂逅 

今回のBMWブースは、サーキットホール(カフェテリア)の前に設置されていた。辿りついたときにできていたラルフ待ちの輪が思ったより少なかったのは、その遠さの所以かもしれない。
どうせすぐに現れるものでもないから、しゃがんで待とうとした。ところが、すぐに足首が痛くなってしまい、また立つことにした。
その頃には人の輪はかなり増え、私のいる場所も半円の中心近くなりつつあった。170センチ強の背高女が急に立てば、後ろの人にはいい迷惑だ。自分の背の高さは自覚していたし、後ろの人たちが望遠レンズを用意しているのもチラッと見て知っていたから、そっと立ち上がるなり振りかえって挨拶をした。
「ごめんなさ……うわぁっ」
思わず悲鳴をあげてしまったのは、すぐ真後ろに立っていたのが知り合いだったからだ。それも、今日のゲストがラルフであることを教えてくださった張本人だ。いらっしゃっているだろうとは思っていたが、当然私より前にいるものとばかり思っていた。
これだけの人ごみの中で、待ち合わせたわけでもなく一緒になるというのは、いったいどういう確率の悪戯やら。鈴鹿というのは不思議な場所である。(これで3回連続、この手の奇妙な偶然を体験中)

さて、前日も前々日も散々お話させていただいたお相手だが、せっかくなのでまたお喋りに興じる。話題は、予選後にピットで行われるミヒャエルのTVインタビューの開始時刻。私はこのインタビューの存在を彼女のホームページで知り、今年は是非、と楽しみにしていた。
ラルフの到着は遅れていた。下手をすると本気でミヒャのインタビューに間に合わなくなる。
どうしようか、と一瞬迷ったけれど   ラルフのことは可愛いが、本命はあくまで兄さんのほうだ   、折角ここまで来たのだから、と居座ることを決意した。これで見逃したら運がなかったと思おう。
(結果的に、私はここぞというときの自分の強運を立証する)

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He is such a pretty boy! 

そろそろ西日が差しこむ頃、ラルフは姿を見せた。はにかむような笑みとともに手を振る。きゃあ、という歓声があがった。
彼は本当に女性の心を掴むのが上手い。大の男に向かって『かわいい』もあったもんじゃないが、このひとの場合、仕種がなんともいえず『かわいらしい』のである。日本だけではなく、イギリスでも女の子たちが「(ミヒャエルは好きじゃないけど)ラルフはかわいいからOK」と追っかけるほどだった。意識してやってるわけではないのだろうけど。(そこがまた『かわいい』のだ)

にっこり笑ってご挨拶。トークショーは、ドイツ語で行われ、英語ならだいたいは理解できると目論んでいた私をおおいに悔しがらせた。
「彼ら、どうせ解らないと思ってるから。」
隣から気の毒そうに慰められたが、実際、ドイツ語のできる通訳がいるのに、わざわざお互いにとって外国語である英語を使う必要はない。外国人ドライバーのインタビュー=英語、というのは先入観だ。
ラルフは、随所で日本に暮らしていた実績を発揮していた。司会と通訳のふたりがラルフの発言を補足して日本語でとばす冗談に、合いの手を入れたり笑ったり突っこんだり。
まるで子犬のようにころころ変わるラルフの表情はたとえようもなくて、大騒ぎしながらシャッターを押しまくった。

ところで彼、トークショーの間ずっと左手を腰にあてていたのですが、このひとこんな癖ありましたっけ。

笑う。更に笑う。最後はお行儀よく。
SUZUKA 2002