* 皇帝凱旋_
まず、その表情に注目した。瞳が宿す力を値踏みした。
老けたなと思う。刹那、皺の増えたその目元が緩んで、とてもいい顔になったから、こちらも笑みがこぼれた。
表彰台で、やるかな…と期待していたら、案の定ロスに駆け寄ってとっつかまえた。スーツのベルトを掴んでぐいっと引っ張ったのを、カメラはしっかり捕らえていた。悪戯っ子ぶりもまた健在。
「僕こそが、倒すべき相手。」
さあ、かかってこい、と王者は笑う。引き摺りおろしてみせろと、胸を反らす。
それでいい。
雨上がりの空にかかった虹の橋、その根元で、透きとおった幸福のかけらを見つけた。
「おかえりなさい」、
2週間前には封印したその言葉を、いま高らかに告げよう。
* 美しきもの_
GAを見て、知人に訊いたことがある。「F1マシンの開発は、どこかで打ち止めにならないのか?」
知人は簡潔に、技術は進歩しつづけるものだと断言した。もちろん彼は技術屋だから、そう信じているだけかもしれない。
全体像よりまず、細部の繊細なラインに目がいった。ウィングの整流板や車体後部の処理に、デザイナーの腐心を感じた。
細心の注意と最新の技術との融合。
空力が今ほど重要視される時代はかつてない、と知人は言う。ナロートレッドの車体は、ちょっとしたバランスの変化にも弱い。予選でいくらセッティングを極めても、走っているうちにどんどん崩れていく。それはドライバーの腕をもってしても、優れたタイヤをもってしても、埋め合わすことの適わない領域だという。
「基本構造がすべて、あとはそれをどこまで煮詰められるか。」
煮詰める部分に関して、心配は要らない。基本はクリアした。あとは待つだけだ 止まらない進化の、その果てを。
この基本構造の点で今期成功しているチームは、他にもある。ルノーだ。
広角度のエンジンは、出力が限られる代わりに重心が安定する。彼らは徹底してその利点を生かすことに拘り、数年かけてマシンをエンジンに合わせてきた。
アロンソのラップタイムをミヒャエルと比べると、感嘆するほかはない。バックマーカーの処理にてこずることを除けば、グラフはほとんどミヒャエルと被る。ピットイン&アウトラップの合計は、ミヒャエルより速い。バルセロナのサーキットは気温と風向の影響をうけやすく、タイヤにもきついため、微妙な調整がものを言う(by
ルイーズ・グッドマン)ことを考えても、今年のマシンの出来が判る。
アロンソ自身の腕も、相当いいのだろう。コンマ単位でのペースコントロールに、若かりしミヒャを連想したジャーナリストが多かったのも頷ける。みずいろのマシンの小気味いい動きは、たしかにある種の懐かしさを喚起するものであったから。
願わくば彼の道具が、これからも彼の期待に応えんことを。
洗練されたある種の完成形には、独特の美が漂う。それでも最先端の技術の結晶は、結局はカーボンの塊にすぎない。操る者の類稀な手腕をもってはじめて、息吹きこまれ輝くのだ。
* 不完全燃焼の週末_
ミヒャエルの勝利もアロンソの活躍もたしかに楽しく嬉しかったが、レース終了直後はとてもじゃないがお祭り気分にはなれなかった。なにせミヒャ以外のご贔屓さんたちは見事全滅。
マクラーレンは、まだいい。「ちゃんと走りさえすれば」それなりのペースで走れるし、今年は戦術的対処能力もレベルが高い。今回はふたりとも事故に沈んだけれど、DCのペースは悪くなかった。もともと第一スティントは長めの予定でセッティングをしていたというから、タイヤの磨耗などにはある程度自信があったのだろう。バトンとの接触リタイヤまでほぼ同じペースで周回していたウェバーは7位に入っている。予定どおりのスタートがきれていれば、ウィリアムズは余裕で食えたはずだ。
こんな日もあるさ、で済むことを祈るのみ。
頭が痛いのはウィリアムズのほう。最初は3ストップ作戦の予定だったというサム・マイケルのコメントには、正直愕然とした。
ふたりのドライバーはそれぞれ18周目と19周目にピットに向かう。これは他の3ストップのチームと同じタイミングだから、彼らも元々それだけの燃料しか積んでいなかったと予想できる(マイケルのコメントを読む限り、この時点ではすでに2ストップに変更することは決まっていたはず)。なのに、「重くしてきた」DCと予選タイムがどっこい。
「機動性を重視してショートホイールベースにしたら、マシン底部の空力バランスが崩れちゃったんだろうな」とは知人。「有効なセッティングの幅が狭く、綱渡り状態だから、路面の変化にマシンがついていかない」とはジェームス・アレン。
でも、本気で心配なのはマシンよりラルフだったりする。無駄に意地を張ってしまったような気がしてならないのだ。あれではどう見たって、ラルフの力負けだ。噂を鵜呑みにしてはいないが、彼が微妙な立場にいるのは事実だろう。それが判っているからこそ、彼も必死で抵抗したのだろうけれど。
せっかく心配の種がひとつ減ったと思ったのに、安眠の日々は遠い。
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