THE ROSE GAME
「いい態度だよな」
ソファに座った僕へとぶっきらぼうにカップを突き出す男は、立ったまま、派手に顔を顰める。
そういう態度に出られるであろうことは予測済みだったから、僕はただ、あたりまえのように湯気の立つコーヒーを受け取ると、きょとんと見かえしてやる。
「何が?」
「いったい何様のつもりなのかと思ってさ」
「―――お客様だろ」
「……誰が」
「…でも、お客様だろ?」
「お前の言う客ってやつは、いきなり電話かけてきて他人の都合もお構いなしに日時指定した挙句、おしかけるなりふんぞりかえって茶ぁ請求するわけか」
地を這うようなと称するに相応しい低音の、背後に揺らぐとまどいと苛立ち。それから、たぶん、かすかな予感。かつてのチームメイトは、あきらかに僕の出方を窺っている。
無理もない。僕の方から会おうと持ちかけるだなんて、いまだかつてなかったことだ。
降って湧いたアイディアは、あまりに僕の趣味からかけ離れていて、当初はかなり神経質になったりもしたのだが、こいつのこんなに当惑した様を拝めるのなら悪くはない、と思い直す。楽しいと感じてしまう自分も、いい加減どうかしていると思うけれど。
とはいえ、敢えてカードを晒すこともあるまい。僕は軽く肩を竦めることで、答えの代わりとした。
「だって、そういうつもりだったんじゃないの、あれは?」
発端は、真紅のバラの花束。
いや――花束、というにはちょっとおこがましいか。なにせ、愛想も素っ気もない透明のセロファンには、たった4本の花だけしか包まれていなかったのだから。
バレンタイン・デイに届いた幾多のカードやプレゼントの中に、それは紛れていた。他にも花束はあったけれど、霞草やらリボンやら、何もかもが必死の様相で着飾った装丁に囲まれて、メッセージすら添えられていない4本きりの花束は異色で、かえって目立った。
「どうしてまた、こんな中途半端な…」
コリーナがしきりに首を傾げる傍らで、けれど僕は、その意味するものを理解した。理解したと思った。
何故かなんて判らない。知りたくもない。その人物が、今までに何かを贈ってきた例などいちどとしてなくても。
直感だった。
4本の赤い花――4という数字、赤という色。どちらも、きっとたったひとりを示している、と。
「…それがどうして俺になるんだよ」
そっぽを向いて、エディはぼそっと反論する。憮然とした横顔から視線を逸らさずに、僕は眉をあげてみせる。
「違うのか?」
「―――違わねぇけどよ…」
「ほら見ろ、やっぱり客じゃないか」
勝ち誇ったようにあざやかに、言ってのけたのはわざとだ。
「で、お前は来たわけか。そりゃまたご苦労なこって」
意図的にか無意識的にか、エディは挑発にのってきた。顔の向きは変えぬままこちらを睥睨する、声にあからさまな揶揄が滲む。
僕も負けじと、にっこり笑って返した。
「君を放ったらかしにしておくと、また何を言いだすか知れたものじゃないからね」
「それだけかよ…?」
「そう、それだけ」
「へぇ……」
皮肉げに歪められた口もとが呟いて、ついで僕の手からカップが取り上げられる。まだ2回しか口をつけていない。不満も露わに睨みあげる僕の顔に、翳がさした。
ソファの背に左手をかけたエディが、覆い被さってきたのだ、と脳が判断したときには、唇をふさがれていた。
「バラ……」
「あ?」
ふと思い付いた言葉を荒い息の上に滑りこませると、のしかかっていた男はわずかばかり身を起こした。少しだけ、身体が軽くなる。
「何だって?」
「いや…確かに、僕らをあらわすの、に、ちょうどぴったりの、言葉だ…と、思っ、て……」
「・・・・・・大丈夫か?」
至近距離から覗きこんでくるエディの眉根が、怪訝そうに寄せられている。――のはいいとして、何なんだその、額に当てられた掌は。癪に障った僕は、嫌みなほど完璧に笑いかけてやった。
「真紅の下に、ダークグリーン」
「……おい」
「ついでに言えば、棘が他人を刺してばっかりだね」
「それで、人が賞賛するのはいつだって、上に乗っかってる花の方だけ…って言いたいわけかよ」
「よく判ってるじゃないか」
苦虫を百匹くらいまとめて噛み潰したような表情がおかしくて、あはは、と遠慮のない声を上げた。
直後、ぐい、と不意打ちで突き上げられて、反射的に仰け反る。こぼれかけた喘ぎを必死で噛み殺す様を、エディがくっと嘲った気配があった。
好きでこんな関わり合いを持ったわけじゃない。友情なんて存在しないし、ましてや愛だの恋だの、考えるだに虫酸が走る。勝てる体制を創るため、契約で縛り縛られ、そして生じた希薄な関係。
でも、いまだにずるずると続けている動力は、まぎれもなく僕の――僕らの意志だ。
それとも、未練か。
偶然、成り行き、言い訳の言葉はいくらでも並べられるけれど、そうしたところで、お互いの間に何らかの感情のベクトルが介在する事実は否定できない。悔しいから絶対に認めないだけ。
僕にとって、ずっとチームメイトは第一に潰す相手でしかなかった。潰さなくてはならなかった。傲慢だ冷酷だと批判されても、それだけが僕に与えられた術だったから。そうやって、僕は勝ってきた。
それで勝てたんだ。――君に会うまでは。
頚動脈を這う舌が、気が散っている僕を咎める。感触が気にくわないと身をよじれば、しつこく追ってきた。
ああ、エディ、お前は知りたいんだろう。お前の挑発にのって、わざわざここまでやってきた僕の真意を。
そうだな、僕も、お前があんなものを送りつけてきた理由が知りたいよ。
だって、今更だろう…?
疑念はきっとお互いに感じていて、だが意地も見栄も手放せないふたりの間で、結局かたちにならずに宙に浮く。浮かんで、消えない。
だから、考えた末の、これは妥協点なのだ。お前が気づこうが気づくまいが、僕にはどうだっていい。
身体中に突き刺さる鋭い視線に、唇が薄っすらと笑みを象った。
せいぜい悩めよ。
ヒントは、ちゃんと与えてやっただろう。
そもそも、答えの鍵はお前自身が握ってるんだぞ。
いつもならとうに理性を失っている頃合いだ、などと頭の片隅で考えながら、僕は月明かりに輝く金髪を胸に抱きこんだ。
「お前って、やっぱり訳わかんねぇ…」
穏やかな倦怠感を身に纏って、エディはそんなことを言う。だらしなく仰向けに寝そべって、こちらには目もくれない横顔をちらっと一瞥すれば、どうやら本気で言っているらしい。
「それが理解できるようになったら、君もチャンピオンになれるかもね」
「……嫌味な奴」
くっくと肩を震わせる僕の顎を捉えて、エディは噛み付くようなキスをした。
バラの茎は人目に触れない。
棘がちくちくとして、敬遠されるかもしれない。
でも、無愛想なその茎の存在なしに、バラは花を咲かすことはできないのだ。