そこにあるのは、愛とか恋だとか、そんな甘ったるい感情では、あり得ない。




確 信 犯




 きつく瞼を閉じたまま、荒い息をくりかえすその姿を、じっと見つめた。
 豊かな胸もなければ柔らかな肌触りもない。そこに横たわっているのは、色気も素っ気もない、同性の身体だ。それでも、よく鍛えあげられた無駄のない肉体は、エディを魅了して余りある。
 上気した頬にそっと手を滑らせた。触れるだけのキスを落として、少し身を起こす。名残惜しげな指が、悪戯っぽく、短く刈られた前髪を引っ張る。
 ミハエルが、ゆっくりと眼を開いた。
「…何だよ」
「いや…変わらねぇな、と思って」
「何が」
「チームが違って、生活スタイルも違って、趣味も違って、でもこうしてるんだよな、と」
「……お前が無理やり呼び出したくせに。僕は明日からノルウェーなんだぞ。しかも手術明け。いい度胸してるよな」
「本格的に休暇に入っちまったら、また来年までおあずけだろ。そうすると、春にオーストラリアでお前が辛い思いするんじゃないか、って親切心から俺は声をかけたんだぜ?」
「大きなお世話だ。…だいたい、来年もこうしてる、という保証はどこにもないぞ」
「いーや、あるね」
「どこに」
 エディは、にっと自信たっぷりに笑った。
「俺の直感は当たるんだぜ」
 ミハエルは、はん、と鼻で笑った。
「……言ってろ」


 行為の後のエディが、優しくなるのには相応の理由が、ちゃんと、ある。ミハエルの髪を静かに梳きつつ、エディはぼんやりとそこに思いを馳せる。そうしながらも、もう一方の手は、しっかりと相手の腰を引き寄せる。
「…何だよ、もう充分付き合っただろ」
「足りねぇよ。御無沙汰前のラストチャンスなんだから、きちんとやらせろ」
「これ以上、何をどうきちんとするっていうんだ…」
「…黙ってろ……」
「んんっ、…………」


 ミハエルに触れるエディは、いつも優しい。口が悪いのは相変わらずで、とんでもない科白をさらっと吐くことがあっても、その手つきの優しさは、変わらない。ミハエルはきっと、戸惑いながら、そういうものなのだと受け止めているのだろう。
 彼は、行為の最中、目を閉じてしまうから。エディの眸が浮かべる光を、見ていないから。
「なに、考えてるんだ、よ…」
「何って……お前のこと」
「ま…た莫迦、言って…っ」
「嘘じゃねぇよ。お前と違って、俺はベッドの上で他の女のこと考えたりする癖は、持ってないんでね」
「僕、がっ…いつ…!」
「いつも。女ってのは抜きにしてもいいが、他のこと考えてねぇとは、言わせねぇぞ」
「ん、ふ……」
 そう、エディは優しい。でも、それは愛とか恋とか、そんな甘い理由からでは、ないのだ。


 エディはミハエルを抱く。ミハエルだから、抱く。それは、エディがミハエルを気に入っているから。
 どこが、と聞かれれば、エディは正確に答えることができる。プライドの高いミハエルが、自分の腕の中で、あられもなく本質を曝け出す、その有様を、と。
 頂点を迎えた瞬間は、たぶん、ミハエルの表情がもっとも豊かになる瞬間だ。一瞬の間に、人間が、これほど多くの感情がないまぜになった複雑な表情をし得るものだとは、彼を抱くまで知らなかった。紛うことなき歓喜、捨てきれない矜持、安堵、屈辱、葛藤……。その顔を見るのが、何よりエディは好きなのだ。
 それは樽の中のウイスキーのように、焦らせば焦らすほど、味わいと深みとを増す。
 それゆえにエディは、ミハエルの躯を丹念に愛撫する。

 どこをどうしてやればいいのかは、経験が教えてくれる。
 たとえば、耳もと。少し息が掠っただけで、洩れる声を抑えようと唇を噛みしめる。だから低い声で、すぐ傍で、埒もないことを囁き続けてやる。
 たとえば、鎖骨。強く吸い上げると、びくりと背中が浮く。だから、いっぱいいっぱい、痕を残してやる。
 たとえば、大腿の内側。すべて見られているという意識ゆえか、それとも髪の毛がくすぐったいのか、弱々しい腕の動きが必死でエディを引き剥がそうとする。だから、殊更ゆっくりとそこを辿ってやる。
 たとえば、手のひら。親指の付け根を揉みほぐすように押してやると、しかんだ眉間が切なげに、いっそうきつく寄る。だから、躯をつなげるときは、いつも片手を握っててやる。
 全部、エディが仕込んだ箇所だ。さながら職人が、丹精こめて、琥珀色に輝く一本のウイスキーを造りあげるように。

「ちょ、も……エ、ディ…っ、しつこい…って…」
「うるせぇ」
「あ、やぁ…! こっ…のやろ…、ん、あ…っ」

 深く内部に沈みこんで、反らせた背中をかき抱いて、互いの熱い吐息を重ねる。無意識に逃げをうつ舌を巧みに絡みとって、貪って。相手が観念して、自分から求めはじめるまで。
 そして、そのままの体勢で、中をもうひと押ししてやる。
「――――っっ」
 行き場を失った叫びが、合わさった口の中で渦を巻いて、恐らくはいや増した快感に耐えかねて、涙がひとすじ頬を伝う。直後、顔を離して確かめる。陶然と余韻に酔い、口惜しさにぎゅっと目を瞑って、唇がかすかにわなないて空気を求めている、その顔を。
 それから、エディは声もなく笑うのだ。満腹の猫のように。

  

「な…んなんだよ今日は……ったく…」
「さぁてなー。…何だか当てたら、1回分は勘弁してやってもいいぜ」
「たった1回止めようが続けようが、たいして変わらないよ、もう……」
「当てないのか?」
「…当てるって、本当に何かあるのか」
「…………これだよ……」
「うるさいな、どっちみちお前の個人的な理由なんか、興味ないから関係ないね」
「あっそ。そういうこと言うわけ。んじゃ、もう1ラウンドな」
「ちょ…っっ、待て…て、ば…っ」


 エディがミハエルに仕掛ける行為には、どんな些細なことにも、相応の理由がちゃんと、ある。そしてそれは、愛だとか恋だとか、そんな甘い動機ではない。
 打算と、計略と――その衝動を起こさせる、何か。
 だが彼が、それをミハエルに告げることは、絶対にないのだ。

「お前、少しは相手を労わろうとか、思わないのか…」
 さんざん楽しんだ後、放り出すように解放してやれば、ミハエルはぐったりと四肢を投げ出したまま、恨めしげにエディを睨みつけてきた。
「ちゃんと足には気をつけてやったろ? もし何だったら、朝にはタクシーもしてやるぜ」
「…そういうことじゃなくってだな」
「……だってお前、嫌がってなかったろうが」
「嫌だ、って僕は言ったつもりだけどな…」
「口ではな。身体は言ってなかったぜ」
「…………」
 思わず言葉を失ったところに、追い討ちをかける。
「…良かったろ?」
「ば…っ!」
 かやろう!
 怒鳴りかけた言葉は、エディの口の中に呑みこまれて、消えた。

 

 

 今日は、11月10日。けれど、エディはそれすらも、ミハエルに教えてはやらない。





思えばこの頃がいちばんまともにH書いてた(爆)。2000年シーズン後、エディのお誕生日ネタ。直前にミハエルが膝の手術をしていたのです。お友達サイトさんのエディ誕生日企画への投稿作品でした。愛があるようで無いようでやっぱりあるような、そんな微妙な路線を狙ってました。





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