―― vicarius ――
「ねぇ、デイビッドさぁ…」
ぼんやり頬杖ついたまま声をかけると、彼はいつもの表情を向けた。無表情で、無口。冷静。紳士的。典型的な『普段の』デイビッド・クルサードの。
一旦喋りだしたら止まらないときだってあるくせに。
笑ったり怒ったり、本当は感情豊かなくせに。
そんなふうに澄ましたフリをするから、抑えが利かなくなる。
「…何、ジェンス?」
しばらく黙ってたら促してくる口調も表情も穏やかそのもの。あんた、いま俺が何考えてるか…とか、疑問に思ったこともないんだろう。疑問どころか、きっと興味すらないよね。でも、そんなこと構いやしないか、どうせお互い本命は別にいる。
「ジェンス?」
「うん、あのさ……デイビッド。しよっか?」
「………は?」
向かいで派手に顔を顰める彼がおかしくって、俺は噴出した。意味が判らないほど遊んでないわけじゃない。俺も、彼も。
「だーから、さぁ…」
「いやまてジェンス、頼むから皆まで言うな」
「…どして?」
「どうしても何も」
はぁ…っと巨大な溜息をついて頭を抱えた――失礼な話だよな?――デイビッドは、その姿勢のまま、上目遣いに俺を見かえしてきた。怒るでもなく、見かけほどに呆れるでもなく。
慣れてるかんじが、ちょっと恰好いい。…とか考えちまう俺もいい加減どうにかしてるけど。
「…なんで俺なんだ?」
「なんでって俺デイビッドのこと好きだし。恰好いいなぁとか思っちまってるし。そこにいるし。…それに今日は暑いし?」
思いつく理由を指折り数えていったら、最後のひとつでついにデイビッドが潰れた。がくりと。テーブルの上に突っ伏して。
「どうせ俺は都合がいい人間だよ…」
「そんなこと言ってないじゃないか。都合がいいのは事実だけど」
「あーだからお前はそれ以上クチ利くな脱力するから!」
「…ちぇ。」
俺が黙ると、ちょっとした沈黙が訪れた。なぜならデイビッドが潰れたままだから。短く刈り込んだ髪が何とはなしに俺を誘う。欲望のまま手を伸ばして軽く触れたら、またデイビッドが上目遣いに見あげてきた。
「俺じゃないだろ、本当に会いたいのは」
諭すような声音。
「適当なヤツ見繕って一時凌ぎをくりかえして、それでいいわけ、お前は?」
ああ、知ってたのかな。不意にそう思った。今年はもうサーキットにいない、彼の本命。そのひとと、たまに俺が寝てたのに、このひとは気づいてたのかもしれない。
気づいていて見逃してくれる程度には、優しいから、あんたは。
「…ごめん」
ちょっと本気で落ちこみかけて我ながら情けない声を出すと、デイビッドは苦笑して身を起こした。手を伸ばして、俺の頭をぐしゃりと掻きまぜる。
「何を謝ってるんだか」
それから、手を離して、にやっとした不敵な笑みを浮かべるんだ。嫌になるくらい恰好よく。
「…俺は別に構わないけどな?ただ、さっきの話のかんじだと、お前だよな、当然、下は」
俺は一瞬見惚れてたりしたから、言われたことが理解できなかった。でもそれって。
「それって、OKってことっ!?」
「ま、仕方ないだろ、どうせもうその気なんだろうし。お前の苦労は知らないわけじゃないし。その代わり、選択権は俺、てことで」
つまり、俺がネコになれってことだ。そんなん、全然俺はOKだしっ。
「やりぃ…っ」
指をぱちんと鳴らす俺を、デイビッドは呆れを含んだ苦笑で見守ってくれた。
たぶん凄く呆れてる。間違いなく俺は甘やかされてる。思いきり俺は甘えてる。それでも。
こんな暑い日には、埒もないことばかり考えちまうから、忘れるためにはセックスするのがいちばんいい。
そして、それがどんな意味合いにせよ、好きなひととのセックスくらい気持ちのいいものはないから。
「だーからデイビッドって大好きだよ」
「はいはい、都合がいいから好きなんだよな」
「それもだけどそれだけじゃなしに!」
「はいはい、判った判った」
とりあえずは、丸テーブルの向こう側に身を乗りだして、端正な顔にキスなんてしてみるのだった。