――― 余韻




 頂点を極めたあとには、いつも、どうしようもない悔しさが湧きあがる。



 きつく目を瞑ったまま、肩で荒い息を繰り返した。
 ふわふわと、もう慣れてしまった気怠い感覚が、身体を包んでいる。未だ収まらぬ火照りと、そして本来なら一生知ることのなかった充足感と。
 こんな時いつでも、ミハエルは男の顔を見ることができない。
 だらしなく開いたままの唇を、舌がぺろっと舐めてくる。顔を背けると、執拗に追いかけてきた。頬に手が添えられて、顔の向きを戻される。与えられるままに、深く口づける。こころもち瞼を持ち上げたら、じっとこちらを見つめていた男の視線とかちあってしまって、ミハエルは慌ててまたぎゅっと瞳を閉じた。
 頭上で、低く笑う気配がした。
 しばらく硬直していると、やがて気配が離れる。ほっとして目を開けば、軋んだ音を立ててベッドを出ていく背中が見えた。エディは備え付けの冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのボトルを2本取り出すと、踵をかえして戻ってくる。
「ほれ」
 ベッドサイドに腰を下ろしながら、寝っ転がったままのミハエルの手に片方を押しつけるようにして、自分はもう一方の栓を開けた。そのまま、一気に呷る。
 カーテンから洩れ入る月明かりに、近頃ようやく見慣れた金髪と、ごくごくと蠢く喉の動きが照らし出されて、なぜだか目が離せない。億劫さも手伝って、ぼけっと眺めていると、エディが不意にこっちを向いた。
「…しょうがねぇやつだな」
 何がしょうがないのか、と思う間もなく、もういちど水を口に含んだエディの顔がアップになる。横になったまま、ミハエルはキスを受けた。乾いた喉に、冷たい流れが気持ちいい。飲みこめなかった分が、あふれて顎を伝った。
 それをぐい、と手の甲で拭い、ミハエルは上目遣いにエディを見上げた。
「………下手くそ」
 姿勢を戻して自分の分を飲んでいたエディが、そのひとことに派手にむせる。げほげほ咳きこみつつ、じろっとこっちを睨んだ。
「……おい。今、俺は盛大に傷ついたぞ」
 サイドボードにボトルを置いて、ミハエルの方へと身体ごと向き直る。
「なぁにが下手だってぇ? …それはアレか、まだ足りないからもっとして下さいっていうお願いの変形版のつもりか」
(―――はあ!?)
 ミハエルは唖然とした。水の飲ませ方に対しての苦言を聞いて、いったいどこからそういう考えが湧いてくるのだ。そんなミハエルの顔を挟むように両手をついて、エディは意地の悪い笑みを浮かべた。
「お前さ、自分が失言大王だって判ってる?」
「………」
「言葉が足りなさすぎるんだよ。お前の科白はいちいち、いろんな意味にとれるんだ。…ま、俺としては好都合だけどな」
 言いながら覆い被さってくる。ミハエルは焦ってうつ伏せにひっくり返り、防御の姿勢をとった。―― それがちっとも防御になっていないばかりか、却ってエディに都合がいいことに気がついたのは、一瞬の後。
(しまった…!)
 近づいてくる気配に、反射的に身を硬くすると、うなじに軽いキスが降って、それから背後の男は、遠慮会釈もなく吹き出した。
「お、お前ってマジで面白ぇわ……」
 失礼な、と思うがこの場合、自分の間抜けさ加減は自覚していたので、声には出さない。
「安心しろよ、嫌がってる相手を無理やり押し倒す趣味は俺にゃないから」
 エディはくつくつ笑いながら、身を起こした。ふっと身体が軽くなる。
「……へぇ」
「何だよその疑いの眼差しは。…本気で嫌がってるのと、そうじゃない時の区別くらいつくぜ」
 それっきり背を向けて、再度ミネラルウォーターに手を伸ばす色気も素っ気もない姿に、ミハエルは憮然となった。


 この男と寝た後には、いつも、何とも言えない気持ちになって困る。
 後ろめたさ、というのでは、不思議とない。不謹慎なのは承知しているし、男の身でありながら組み敷かれることに対する抵抗がないわけではないが、エディに触れられるのは、正直嫌いではなかった。ここまで回数を重ねれば、お互い快感の引き出し方も熟知している。
 ただ、いいように煽られて理性を喪くす自分が、悔しいのだ。独りで盛りあがって、与えられる快楽に溺れて、そしてそのままぽつんと取り残されてしまったような、肌寒さ。
 こちらを見る男の視線が、妙に冷静であればあるほどに。
 触れてくるときにはしつこいくらいのこの男は、用が済めばあっさりと離れていく。もし本当に、自分だけが熱くなっているのだとしたら、そんな無様なことはないではないか。
 それに―― それを少し寂しい、と思ってしまう自分が、何より癪に障る。


「何じろじろ見てんだよ。俺が見惚れるほどいい男だってェ事実は、わざわざ視線で教えてもらわなくっても充分解ってるぜ」
「……勝手に言ってろ」
 やってられないね。表情に思いきり今の気持ちを押し出して、ミハエルはごろりと寝返りを打った。足下に蹴り飛ばしてしまったシーツを手探りで手繰り寄せ、包まる。
「寝んでいくなら、適当にしてくれ。シャワー浴びたいなら勝手にどうぞ。出て行く時には、戸締まりはきちんとしろよ」
 背中で要件だけ告げて、とっとと寝る体勢に入った。小さく苦笑して、シーツの肩をぽん、とひとつあやすように叩いて、
「…お寝み」
 そんな言葉を告げるこの男が、心底憎らしかった。








 行為の最中、目を閉じてしまうミハエルは、
 自分に触れているときの男の蒼い眸が、いつもどれほどの情欲と情熱に満ちているのかを、
 知らない。






記念すべき初EM。英国ほぼ一人暮らし中(同居人はいたがバラバラの生活だった)、昼頃のんびり起きてだらしなく寝っ転がったまま、ぼんやり窓の外眺めながら、どうしてこういうことを思いつくのだろうか自分…。と一頻り凹んだ思い出があったり。今見るといろいろと恥ずかしい。





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