新世紀!えせサイバーフォーミュラ






「君に来てもらったのは、他でもない。ある重要な任務を果たしてもらいたいからなのだ」

 重厚な書斎机を挟んで、同じくらい重々しい声が言った。彼は思わず、ごくりと生唾を飲む。緊張の所為か、喉がからからに乾いていた。
 そのくらい、新しい雇用者の言葉は甘美だった。

「そう……君にしかできない、極秘任務をね……」

 自分にしかできない仕事。自分はずっとそれを求めていたのではなかったか。
 一瞬睫毛を伏せ、また上げた。そしてまっすぐに相手の眼差しを受けとめると、彼は深々と頭を下げた。

「ふつつかものですが、よろしくお願いします」

 * * *

「……と、いうわけでこのチーム<マクラーレン>に来たんですよ」
 明るく笑うアレクサンダー・ブルツを前に、正ドライバーふたりは、一瞬かける言葉を失う。
 開幕を直前に控えたテストでの、お昼休みのことだ。
 お前はマクラーレン<うち>に嫁に来たのか、と突っ込みたいのはやまやまなれど、いちばんの問題はそこじゃない。
「……あのさアレックス。それって今、『極秘』って言ってなかった……?」
 ようやく立ち直り、恐る恐る疑念を口にしたミカ・ハッキネンへと、ブルツは屈託なくにっこり頷いてみせた。
「ええ、そうです。トップシークレットで、モストインポータントなスーパーミッションです」(移籍に伴って自動翻訳機能もついたらしい)
「そいつを俺たちにべらべら喋ったら拙いんじゃないのか」
 さすがは超ファジーアンドロイド、ちっとも気づいていないらしい。そう判断したデイビッド・クルサードが、助け舟とばかりにもう少し噛み砕いて訊き直してやると、
「……そうですね」
 ブルツは首を傾げたが、すぐに納得したようにもうひとつ頷くと、あっけらかんと言いきった。
「内容について暴露しているわけではありませんから、問題ないでしょう」
「そういうもんなのか……?」
「そういうものです」
「……………そうか」
 もう、まともに相手をする気力すら湧いてこない。
(だったら勝手にそのシークレットミッションとやらをやっていてくれ、レースのことは俺たちに任せておいてくれていいから)
 そんなやさぐれた気分で、デイビッドはこっそり溜息をついた。
 だいたい、自分はただでさえ図体のでかいお子様(と書いて<ミカ>と読む)のお守りでてんてこ舞いなのだ。何が悲しゅうて、このうえ出来損ないのコンピューターの面倒まで背負わなくちゃならないのだ?
 自分の契約書には、そんな余計な仕事までは記されていなかったはずだ。 
(俺は今年こそ、チャンピオンを獲るんだ。頼むから本業に集中させてくれ!)
 だが、デイビッドの心の悲鳴に、現実は冷たかった。
「なーるほど? で、その重大なミッションの内容ってのはいったいどんなんで?」
 聞き慣れた声がそう割りこんできたのだ。
 ジャック・ヴィルヌーヴである。あ…っと思ったときには、もう遅かった。一瞬言葉を失ったまさにそのタイミングで、勿体ぶって声を潜めたブルツが口を開いていた。
「それが、ここだけの話なんですけどね。……キミ・ライコネンを見張れ、という指示なのです」
「ええっ何でまた!?」
「あ、こらミカお前までっ!」
 必死の静止も、もはや意味を為さない。それぞれの立場で息を呑む3人の前で――ミカは純粋な好奇心から、ジャックは興味と悪戯心とで、そしてデイビッドはもちろん答えを聞きたくない余りに――、ブルツは重大な決意を秘めた表情で、告げた。 
「何故なら、彼はフェラーリの開発した新兵器だからです!」 

「…………あ?」

 さぞかし自分は今、間抜けな表情をしていることだろう。そう思いながらも、デイビッドは訊き返さざるをえなかった。
「何だって……?」
 どうしてそこでルーキーのキミ・ライコネンの名前が出てきたのかも謎だが、その理由とやらはもっと謎だ。ライコネンがフェラーリの新兵器?? ――何だそりゃ。
「キミのチームはザウバーじゃないか。なんでフェラーリがそこで出てくるんだよ」
「莫迦だなミカ、ザウバーはフェラーリの身内みたいなもんだろ、型落ちとはいえおんなじエンジン積んでるんだから」
「そっか、じゃーキミの将来はフェラーリってことか!」
 問題にすべきはそこじゃないだろうが……。
 いいなぁ未来が開けてて、などとボケまくった感想を述べているチームメイトと、知ってか知らずか焦点のずれた話題にノっているジャックが、少々羨ましかったりするデイビッドである。
 どうせなら、このまま知らん振りで流しちゃおっかなー、などという企みを潰してくれたのは、今度は当の本人<ブルツ>だった。
「そう、そこです! 彼の将来はフェラーリで安泰……イコール、彼はフェラーリが全精力を注ぎ込んで開発してきた、新型アンドロイドだということなんです!!」
 ………だからどーしてそーなるんだ……。
 何も反応をかえさない一同――約一名の場合、できなかったというよりはする気にならなかっただけのことだが――のことはまるで無視して、得意満面のブルツは、胸を張って訊かれもしない理由を滔々と述べはじめた。
「なにしろ、すべてのデータが真実を暗示しています。
 まず、第壱号のミハエル・シューマッハーでフェラーリ<彼ら>は念願のタイトルを獲りました。さて、それではこのままチーム・シューマッハーを継続していて、彼らに未来はあるか…? 
 答えは否です。ミハエルの公式年齢は32歳です。テクノロジーの進化によって、システム自体のリニューアルはいくらでも可能になりましたが、40歳になっても50歳になっても能力が一向に衰えない、ではあまりにもおかしすぎるでしょう。彼の存在は、一部関係者の間でこそ公然の秘密ですが、一般にはあくまで内緒のトップシークレットなんですから」
「おい、アレッ…」
 …ックス。さすがにここでこれ以上詳しい話はやばいだろうと、口を挟みかけたデイビッドを、ブルツはひらりと振った右手であっさり黙らせる。
 しばらく開けた口のやりどころに困っていたデイビッドだったが、聞く耳持たないブルツの様子に『勝手にしろ』とばかりに横を向いた。
「そこで、彼の後を継ぐのは誰か、という問題が派生します。なまじのドライバーではその大役は務まりません。同じような能力を備え、同じような知能を備えた存在――そう、新たなレーシング・アンドロイドです!
 彼らにとって不幸なことに、高性能アンドロイド第弐号である僕は、ライバルチームに移籍してしまいました。マクラーレンの手を打つのが一歩早かったわけですね。そこで残された手段として、第参号を制作し、傘下のチームで経験を積ませて、将来のチャンピオンシップにおいて活躍させるという長期計画が誕生したわけです。
 キミ・ライコネンの若さ、異常なステップアップの速度、ザウバーが何がなんでも走らせようとしたこと――これですべて説明がつきます。きっと、キミを乗せることは、フェラーリ・エンジン獲得の条件にでもなっていたに違いありません!」
「そ、そうだったのか……ッ!」
 デイビッドはすっかり無表情であらぬ方を向いてしまい、ジャックはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべつつさも感心した風体で頷く。だたミカひとりが、愕然と『今明かされる真相』に心底おどろき感動していた。
(そんなわきゃないだろーが…)
 結局自分はどこまでいっても保父さんをつとめる運命なのかもしれない。
「でもさ。そんなのサーチしてスパイして、どうするのさ?」
 さらに厄介なことには、この場には状況を引っかきまわして遊ぶのが大好きなお子様<ジャック>がいる。またもや要らんことを訊いた友人を、デイビッドは恨めしそうに見やった。
「それは、決まってます。マクラーレンも、仇敵<ライバル>に負けないメカをこしらえるためです!」
「ええっそうなの!? かっこいい――っっ」
「おい……ミカ……」
「そりゃすげぇなあ。最初のメカ導入者<フラビオ>は今ルノーだし、こりゃウチ<ホンダ>もそろそろ何か考えないとヤバイかもな!」
「ジャック……お前遊んでるだろう……」
「すごいね、じゃぁ近い将来、F1じゃホントにロケットパンチとか出てくるかもしれないね!楽しみだなぁ――っっvv」
 まともな世界がどこかにあるのなら、是非ともそこに帰らせてくれ。
 どんどん軌道と常識を外れていくお気楽極楽な会話に、デイビッドは天を仰ぎつつ、冷静に突っ込むべきかどうか迷っていた。
 『第弐号』のブルツが本人の主張どおり超高性能アンドロイドなら、マクラーレンがわざわざスパイしてまで新型をつくる必要はない、という点を。

 * * *

 蛇足だが、時は流れて2001年のチャンピオンシップもあと2戦となったある日。デイビッドはミカに唐突に呼び止められた。
「ま、頑張ってよね」
「……は?」
「僕、来年走らないから」
「え…? おい、ミカ……!?」
「ちなみに、代わりに走るのキミだから。よろしく」
 それだけ言って笑顔のミカはすたすたと行ってしまう。
 残されたデイビッドは、ひたすら茫然としていた。ちなみに、その直接の原因は、相棒<ミカ>が来期休養するという話自体ではなかった。
 そのとき彼を茫然自失状態に追いこんだものは、『だけどキミはフェラーリの新兵器だったんじゃなかったのか?』と咄嗟に思ってしまった自身の『お気楽病』感染具合だったのである。



 ……合掌。




 


お友達のF1サークルさんのネタに、「ブルツってメカっぽいよね(とくに目が)」という感想が発展した結果、『ブルツは実はベネ*ンが開発した(アナログ)アンドロイドだった…!』というものがありまして。OSがW*n3.1だとかチップはアキバのワゴンセールで買ったとか、ミハエルこそがベ*トンの第一作だ、とか、そんなはっちゃけっぷりが楽しくて、便乗して書かせていただいたものです。キミの写真を見て「あ、こいつの目もメカっぽい」と思ってしまったのがきっかけで生まれました。ごめんキミ…今でもちょっと思ってる……。(…)





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