ちょっとした出来心だったのだ。スタート直前、用を足してグリッドに戻る途中のパドックで、偶々見慣れた姿を見かけた、それでふと思いついてしまったというだけの。
予選がどうにも巧くいかずに下位グリッドからのスタートで、始まる前から気が滅入っていた所為もあったかもしれない。
「なぁラルフ!」
「…………何だよ?」
「お前の目の前ってルーベンスだよな。」
「判りきってるなら訊かないでよね。」
「……お前、相っ当嫌いな、ヤツ」
「悪い!? だってあいつ兄さんに向かって失礼な態度ばっかり…ッ」
「あーはいはい、わかったって。……だからさ、今回、あいつ勝たせたくないよな?」
「あたりまえだろ。っていうか兄さんだろ、勝つの。」
「判らないぜ、あいつも連覇済みだからなぁ。スタート苦手だし、ルーベンスも1コーナー引かないだろうし。もしや、ってこともあるし。」
「そんなのっ! 許されるわけないだろ、あいつはナンバー2なんだぞ!」
「だけど。本人はそうは思ってないからな。」
「…………絶っっ対、ヤだ。」
「――俺に秘策があるって言ったら、どうする?」
「秘策って?」
「お前の兄貴を必勝させる方法。言い換えればルーベンス封じ。」
「……どーするの?」
「お前がヤツのケツに突っ込め。」
「ちょ、ちょっと! じゃぁ僕のレースはどうなるんだよ…!?」
「あっはっはっは、ちょっとしたジョークだよジョーク。間に受けるんじゃねえよ。」
そんなくだらない遣り取りを張りつめた緊張をほぐす息抜き材料のひとつに代えて。
そうして迎えたスタート。絡んですっ飛んでいくPPの赤色のマシンと3番グリッドの白色のマシンを尻目に、俺は混乱をすすいっとすり抜けて上位に浮上した。
ルーベンスもラルフも、ありゃもう無理だろうな。おまけにその混乱で中団グループも壊滅状態。赤旗が出なけりゃいいが…と思ったが、幸いなことにセーフティーカーの4周だけで済んだ。
ったく、あの馬鹿。俺は単なるジョークだってちゃんと言ったのに。しっかり実践してくれちゃって。おかげでうちは助かったけど。
こうまで想像どおりにいくと、かえってちょっと怖い気もする。
そうだな、ラルフには今度メシでも奢ってやるか。今日の礼だ、なんて言ったら頬っぺた膨らませてぎゃんぎゃん反論してくるんだろうが。
エディ・アーバインはジャガー柄のメットの中で唇を歪めて笑った。
所詮、この世はすべて俺にかかればジョークの対象なのだ。